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美容外科ブログ

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アンチエイジング診療の外‐27(アキレス腱損傷)

2006.09.04

多忙な中で行ったサッカー
東京の夜は8月末でもまだ蒸し暑い。忙しい日々が続く中、なんとか時間をやりくりして今晩は一ヶ月ぶりのサッカーに参加することが出来た。海外出張、一日最低4件の手術治療、外国からのお客さんたちとの会食と多忙な8月だったせいか、「うーん、なんか体が重いな。今日は調子が悪いのかな?」と思いつつ汗を流した。一時間近くのミニゲーム中心の最後の一分、僕は最後の力を振り絞って踏み込んだ。その時だった。後ろから何かで打たれたかのような響きがかかとに走った。僕は誰かにぶつかったと思い、後ろを振り返ったが、そこには誰もいなかった。その途端、左足首の力が抜け、何か突拍子もないことが起こったと気がついた。
今から5年ほど前、僕は北海道の街で整形外科医として多忙な毎日を過ごしていた。その頃、毎日の仕事が終わってゆっくりしていると、時間外に救急車で患者さんたちがよく運ばれてきた。ある時運ばれてきた学校の先生はバトミントンをしていて突如、足首のところが:“ばきっ”という音がして歩けなくなってしまったのだと言う。診察してみると足首と下腿を結ぶ靭帯、いわゆるアキレス腱が切れていた。まさか、このアキレス腱損傷がこの自分に起こるとは夢にも思っていなかった。僕は呆然とした。なぜなら、僕は整形外科時代にアキレス腱損傷の患者さんたちをしょっちゅう担当しており、それがどのような経過をたどるか、手に取るようにわかったからだ。「これはまずいことになった。明日は4件の治療予約が入っていて、それをキャンセルすることは出来ない。」と焦った。アキレス腱損傷の場合、早急に縫合治療を行い、その後少なくとも4週間の膝下ギプス固定、さらに4週間の装具着用、そのあとのリハビリと回復までに最低でも3ヶ月以上と、かなりの時間を要する。
サッカーでの外傷歴
僕のサッカー歴は長く、小学校4年生の頃から医学生時代までやり続けた。サッカーの面白さは癖になるもので、医者になってからも時折行った。サッカーは激しいスポーツなので、怪我はつきものである。外科医の研修医だった頃は、サッカー中の怪我で2回苦い思いをした。一度はシュートを打とうとした瞬間、元気のよい若者に突き飛ばされ、肘から着地し、肘の皮膚がペロンと剥がれ落ちた。思いのほか重症で、治癒には3ヶ月ほど要し、今でも後が消えないのだが、困ったのは手術前の手洗いだった。手術を行う外科医にとって、感染予防のための手術前の手洗いは必要不可欠だが、肘の傷に洗剤が着くと、悲鳴を上げるほど痛かった。この時、「仕事に支障をきたすようなスポーツは社会人としてまずいな。」と内心感じていた。
2回目は北大の医局対抗サッカー大会に助っ人として呼ばれ、決勝で精神科医局と対決したときにそれは起こった。常にポイントゲッターとしてフォワードをまかされていた僕は、精神科医局の過激なキーパーと接触すれすれのタイミングで、シュートを放った。その時、この過激なキーパーはなんと僕の足に猛烈にタックルをしてきたため、ゴールは決まったものの、「あっっ、まずい!」と思った時はすでに遅く、僕の左膝内側の靭帯は瞬間的に切れてしまった。その直後は膝がぐらついて、立って歩くのもやっとだった。自分の病院に戻り、先輩の膝専門医に診断してもらったところ、膝内側靭帯の損傷で、装具固定を行い、全治3か月との診断を下された。かろうじて手術治療に至らなかったことが不幸中の幸いだったが、3ヶ月ビッコを引きながら診療を行った。
“喉元の熱さも過ぎ去ればすぐに忘れる”とはこのこと
それから少なくとも7~8年の歳月が経ち、僕はその苦い思いでを忘れかけていたのだろう。ワールドカップに感化された友人の誘いで、先月から千駄ヶ谷のフットサルコートでサッカーをすることになった。サッカーは得意なので、僕は意気揚々と「いいですね。やりましょう!」と勢いづいた。7月末に行った時は熱帯夜で、友人たちも走るのがやっとで、汗びっしょりになりながら「また次回は来月にやりましょう!」とサッカーの後にビールで乾杯した。
今回8月末のプレーにはいきなりサッカー経験者が増えていた。中にはなんと、元Jリーグでプレーしたこともあるという強者まで参加してきた。仕事を終え、時間ぎりぎりに到着した僕は、十分な準備運動をせずにいきなりプレーに参加した。経験者、20代の若者が多かったせいか、プレーは白熱して僕もそのレベルに劣らないよう、ついつい夢中となってしまった。
事故はそんな中、起こった。一時間のプレー時間の最後の一分に、僕は左アキレス腱を完全損傷したのだ。明日からの仕事のことを考えると、呆然となったせいか、痛みは全く感じなかった。汗が止めどなく流れ落ちたが、この汗は熱さのせいではなく、不安と緊張によるものだった。受傷した時点で診断をつけることが出来たので、出来れば今日中に治療をしてもらえる病院に行きたかった。早く手術をすればそれだけ回復が早いことは僕が一番わかっていた。施設職員が「救急車を呼びましょうか?」と尋ねたが、僕は「いいえ、結構です。自分で病院を探してみます。」と断った。なぜなら、救急車が連れてゆく病院の質が必ずしも高くはないことを僕は知っていたからだ。僕はすかさず慶応大学医学部付属病院、虎ノ門病院、慈恵医大付属病院に連絡を取ったところ、慈恵医大から受け入れてくれるとの返事を受けてほっとした。慈恵医大付属病院は僕の住まいとクリニックの中間に位置するため、何かと便利で、ここで治療出来るのは好都合だった。
慈恵医大救急外来に行くと、そこに努める若い研修医から事情を聞かれた。僕は自分が形成、整形外科医であることをいつカミングアウトするべきか、タイミングを見計らうことにした。救急外来では足のレントゲン写真を撮影した後、救急研修医たちが僕の診断をつけようと試みていた。研修医が詳細を尋ねてきたので、僕は「アキレス腱が切れたので、早急に治療をしてほしいのです。」と述べたところ、若い研修医は「何故、患者がそんなことをわかるんだろう?」と思ったのか、ややいぶかしげな顔をしたが、僕はここでも自分が医師であることを申し出なかった。レントゲン写真が出来上がった頃、この研修医が「多分これはアキレス腱損傷でしょうね。これから整形外科専門医を呼びます。」と僕に告げた。救急外来では次から次に患者が運び込まれ、つい5年前まで、僕が同様に働いていた当時の記憶が鮮明によみがえってきた。
手術への決断
しばらくすると整形外科担当医が僕の診察をし、アキレス腱断裂であるとの確定診断を下した。その時、僕は自分が医師であり、同様の分野に携わるものであることを担当医師たちに告げた。医師たちは「慈恵医大では、アキレス腱断裂にはオーソドックスな手術療法を行っております。」と言ったので、僕は間髪入れずに「最近の文献では手術をしないでギプス固定をするだけでも、手術と同様の結果が出るという報告がありますが、それについてどう思われますか?」と聞き返した。この夜、慈恵医大で整形外科担当をしていたのは幸運にも足の専門医だった。医師は「確かにそのような報告もありますが、再断裂の可能性が手術をしない方が高くなりますし、当病院ではそのような保存的治療は行っておりません。しかし、他の病院で手術をしないで治療するところもありますから、そう言った病院を紹介しますか?」と逆に僕に尋ねた。外科医としての僕の経験から、このような外傷は早くに治療すればそれだけ回復が早いこと。これから別の病院に行って、治療の時間を延ばしたくなかったこと。それと担当医がセカンドオピニオンとして他の病院を紹介できたのは、この医師が自分の腕に自信があるからに他ならない。僕はこれらのことを計算に入れて、すかさず「先生に執刀をお願いします。」と告げた。手術は午後11時過ぎから始まることに決定した。
ミイラ取りがミイラになってしまった
驚いたのはそれからの手続きの長さだった。全ての検査、治療項目に同意書のサインを求められた。僕が大学で研修医をしていたころとは様相がまったく異なっている。昔は同意書は一枚程度であったが、その後、各地で起きた医療ミス問題によって、医療行為の書面での確認が必須事項となったことに他ならない。
手術前に担当医との間で、もう一つ重要なやり取りがあった。僕は「僕は開業医で、完全予約制で診療していますから、どうしても明日の治療はキャンセルできません。それだけは理解していただきたいのですが。」と担当医に頼んだ。なぜなら、僕のクリニックでは翌日に4件の手術が予約されていたし、その中には遠方からいらっしゃる方もいた。担当医は僕に向かって戒めるように「それは不可能とは言いませんが、多分相当大変なことになりますよ。まず、足が痛くて下に降ろすことができないし、足を降ろしたとしても、今度はぱんぱんに足が腫れてくるでしょう。先生の事情もわかりますが、無理をしてもあまり良い結果になりません。仕事は休めませんか?」僕は興奮していたせいか、「いずれにせよ、予約が入っている以上、仕事を休むわけには行きません。明日朝の退院を認めてください。」と訴えた。担当医は「以上説明したことを理解していただけるのであれば、それを認めます。しかし、通常は2週間の入院が必要です。」と言ったが、僕は何としても明日の治療は休めないと覚悟を決めた。
手術室に運び込まれたのは11時過ぎ、実際に執刀開始となったのは12時近くになっていた。過去に同様の手術を少なくとも100件以上行ったことのある僕は何がなされるのか手に取るようにわかった。ただ一つ違うのは麻酔法だった。僕が行う際は必ず腰椎麻酔と言って、下半身全部に麻酔が効かせたが、今回は明日退院ということもあり、局所麻酔で行うこととなった。局所麻酔では当然多少の痛みが伴うことが予想されたが、早期回復のためにはやむを得なかった。手術は順調に進み、一時間程度で無事終了した。鎮静剤のため“ぼーっ”としていたが、“ミイラ取りミイラになる。”というのはまさにこのようなことをいうのだろうと内心思った。同時に、こんな真夜中に緊急手術をしていただいた担当医、看護婦さんたちに大変感謝した。18室ある慈恵医大の手術室もさすがにこの時間には誰もいなかった。
不可能だと悟った手術直後の診療
治療後は足を高く上げてぐっすり眠ったが、その夜泊まることになったのは救急患者たちの臨時ベッドだった。隣の別途から他の患者さんたちのうめき声が聞こえてくるたびに、普段忘れている健康のありがたさが身に沁みた。朝はあっという間にやってきて、僕は「本当に今日仕事ができるのだろうか?」と不安に思いながら、ギプスの巻かれた足をベッドの下に降ろしたところ、激痛が走った。「これはやばいよ。とっても仕事どころではない。もし、仕事に行っても、この痛みでは集中して治療に専念できず、かえって患者さんたちに申し訳ない。」と直感した。僕はすぐに携帯電話でクリニックの担当看護師に事情を告げ、今日、明日予約の入っていた患者さんたちに大至急、キャンセルの電話を入れるように頼んだ。しばらくすると朝7時半の回診に昨日遅くまで手術をしてくれた医師がやってきて、僕が「仕事をキャンセルして、入院することに決めました。この痛みでは仕事どころではなさそうです。」と言うと、ほっとした顔をして「そのほうが間違いありません。ゆっくり休んでください。」と安心させるように僕に告げた。僕は「昨日は遅くに手術をしていただいて、本当にありがとうございました。」と担当医に心からお礼を述べた。それは医師という仕事がいかに人から感謝される仕事であるかを、自分自身が患者になって始めて知るという、すばらしい瞬間であった。医師、看護師さんをはじめとする慈恵医大のスタッフは、医療がサービス業的な側面を持つことをすでに熟知しているようで、その接遇、マナーは非の打ち所がなく、大変に感心させられた。
意外にも充実していた入院生活
僕は週末の3日間を慈恵医大の個室で過ごすこととなったが、この経験を前向きにとらえようと思う。不慮のアクシデントではあったものの、準備運動もろくにしないでサッカーのような激しいスポーツを行うことは、ほぼ怪我をするためにサッカーをしたに等しい。僕はここ最近、仕事が順調なものだから、ついつい自分自身の体力に過信しすぎた結果、このような事態に陥るはめとなった。痛い思いをしたのは自分自身だが、僕の失態で治療を受ける決意をしていた2日間で10人近くの新規患者さんの期待を裏切ってしまったことに対し、深く反省している。3週間後に迫った中国重慶での学会も、ギプスと松葉杖姿で発表するのは恥ずかしいからキャンセルしようと思った。しかし、日本から代表として行く、高須クリニック・高須克弥先生から直々に電話が入り、「アキレス腱断裂であれば僕も経験をしたことがあるけれど、縫合を行えば3週間もあれば学会くらい平気ですよ。空港には車椅子を手配するから、是非参加してください。」との励ましの言葉を頂いた。僕は「ということはキャンセルは出来ないということか。」と内心つぶやきながら、この3日間で学会の準備をすることに決めた。病室には次から次へと友人が励ましにやってきてくれたが、普段からの交友関係もこのような時に試されるのだと感じた。
それにしても規則正しい生活をしている。毎日7時過ぎには看護師さんたちが、検温、点滴などの処置にやってくるため、眠たい目をこすりながらも起きなければならない。個室なので、夜更かしも可能だが、朝早くに起こされることを考えると、早めに寝なければならない。朝ご飯も毎日出てくるのだが、ここしばらく朝ご飯を食べる習慣がなかったので食べるのが大変で、朝ご飯を食べても、あっという間に昼ご飯、そして夜ご飯が出てくる。普段は一日に一食半しか食べない僕にとって、3食たべるのが結構、億劫でしょうがない。
しかし、この3日間は意外にも充実している。日々の診療に追われず、ここまで自分自身の時間を持つことが出来たのは久しぶりで、ホームページの更新、学会の準備で充実した時間はあっという間に過ぎ去ってゆく。残り後1日となった入院生活であるが、一日も早い回復を目指して安静に心がけている。9月4日からの出勤ではしばらくの間、ギプスと松葉杖という情けない姿で診療することとなるが、これを機会により患者さんの気持ちが理解できる、優しい医師として働いてゆこうと思う。

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