2022年9月21日
救急医療クリニック
先日テレビで報道番組を見ていると、救急医療を専門にする民間クリニックの特集が放映された。僕も救急医療に従事してたことがあるので、この医師の仕事ぶりには目を離せなかった。この医師は埼玉で救急医療専門クリニックを運営しているが、その理由はこの地域で救急医療を必要とする患者さんたちの引き受け先がなく、総合病院の救急施設での医療行為を断られるなど、いわゆる”たらい回し”が横行しているからだという。
このクリニックの診療は、午後5時から翌朝まで行われているが、この時間帯通常のクリニックで診療は行われていないので、この地域では高いニーズがあると見えて、深夜のクリニック待合室は足の踏み場もないほど混雑している状況が放映されていた。
番組内では受診している患者さんの例として、自転車走行中に耳の中に蛾が入って取れなくなったケース、鉄棒から落下し上腕に大きな怪我をしてすぐに縫合が必要な子供のケース、若い女性が重たい物を急に持ち、縦隔気腫と呼ばれる胸部が裂け緊急手術が必要なケースなどなど、さまざまな患者さんが次々と担ぎ込まれていた。
特に若い女性の縦隔気腫と呼ばれる疾患は、呼吸困難など生命に関わる重篤な症状を引き起こすことがあり、早期発見・治療が欠かせない。だが初期症状は軽い胸痛程度なので、軽い鎮痛剤を処方される程度で返されたり、この程度の痛みでは緊急性がないとされ、高度救急医療機関では受診を断わられかねない。このクリニックは最新MRIを導入していて、診断の難しいこういったケースも見逃さず適切に処置しており、個人経営のクリニックにも関わらず、その価値は大変高いと感心しながらその報道に見入った。
患者さんの”たらい回し”として有名な事件は、2009年東京で起こったケースである。ある妊婦さんが救急車で産婦人科に搬送されたものの、症状は頭痛主体だったためこの産婦人科医は脳内出血を疑い、総合病院に紹介した。ところが症状が頭痛というさほど緊急性がなかったため、なんと7病院にその受け入れを断られた。ようやく引き受けられた病院で出産と脳外科手術を受けたが、その3日後に亡くなったケースである。
このケースは患者さんが頭痛を訴えた時点ですぐに脳外科的処置をすれば、死に至ることはなかったはずである。すなわち”たらい回し”が死に至る直接原因となったので、我が国の救急医療体制のあり方の根本的問題として大きな社会的反響を与えた。患者さんたちが”たらい回し”になるのは、救急医療機関が頭痛など、一見軽症に見えるの緊急性のない症例を断るケースが後を絶たないからだ。
それは高度設備を整えた救急医療施設で、こういった軽症例を引き受けても医療側の収益にはほとんどならず、いわゆる”労多くして功少なし”と判断するので受け入れを断り、その結果上記例のような悲劇が後を絶たないのだ。このように問題点の多い我が国の救急医療体制の中で、すなわち収益性が低いにも関わらす、敢えて民間救急医療クリニックを立ち上げたこの50代前半の医師の志は大変高い。
僕はこの医師の自己を犠牲にしてまでも、人助けを最優先にする姿勢に本物の医師の姿を見たと思った。この報道番組の最後で、この医師は”何故こんな過酷な仕事を選んだのですか?”とアナウンサーから尋ねられた。彼の答えは”それはこの仕事が大好きだからです”だった。