2022年9月19日
アンチエイジング診療の外-1
BBQマシン 米国留学時代に郊外にある知人の家に週末呼ばれると、決まってBBQでもてなされた。確かに肉は BBQマシンを使うと、余分な脂肪分が落ちて健康的に美味しく食べることが出来る。しかも、家の中を煙だらけにしなくてもすむので一石二鳥だ。日本には残念ながら、外でBBQを行う文化がない。ベランダのあるアパートに住むようになってから、なんとかBBQマシンを手に入れたいと思う気持ちが強くなってきた。東急ハンズを始めとする数々のアウトドアショップに行ってみたものの、七輪に毛の生えたようなものしかなかった。それでもないよりましかと思い、炭を使うBBQマシンを手に入れた。実際使ってみたものの、炭を起こすのが思いのほか大変で、一二度やってみた所ですぐに嫌になってしまった。多分、炭を使うマシンはキャンプなどで時間を考えずに行うには良いのかもしれないが、お腹がぺこぺこで家に戻ってきてすぐに肉を焼きたい僕には向かなかった。僕が憧れていたアメリカ製のBBQマシンはWEBER社が独占的に製造するガスを用いた本格的なものだ。このマシンはカナダ人の僕の友人、ノーマンが自宅で使っているのを見て知った。「えーっ、どうしてこのマシンを持っているの?これは日本では売ってないはずなのに。」彼は「アメリカから輸入したんだ。」と答えた。なるほどと思った。彼は毎日このマシンでステーキやジャガイモを焼いて食べているのだ。僕は早速御馳走になったが料理はあっという間に出来上がったとともにとても美味しく、留学時代の楽しい想い出が蘇った。 BBQマシンの輸入 僕はノーマンの助けでインターネットを使って、このマシンを輸入することにした。しかし、実際手に入れるには思いのほか大変だった。なんとか成田空港にまでマシンは届いたものの、輸入関税手続きをするため成田空港まで足を運ぶはめになった。このマシンの値段はせいぜい4万円程度だったが、届いたのは大きな段ボール箱で、思いがけず大きな物だった。結局、関税や輸送賃を計算するとマシンそのものの値段より高くついた。アパートに大きな段ボール箱が届いて中を開けてみると、バラバラの部品が説明書とともに入っていた。僕はため息をついた。「えーっ、これを自分で組み立てなきゃいけないの?」すぐにノーマンに電話をして助けを求めたが、ノーマンは「俺もそんなことは出来ないので、友達に頼んでやってもらった。あいにくその友達はもう日本を離れてしまった。」と答えた。僕は自分でやる覚悟を決めてその部品をバルコニーに出して、慣れない英語のマニュアルと格闘した。夏の暑い盛りで、汗びっしょりになりながら組み立てるのに数時間かかったが、なんとか成功した。あとはガスボンベを扱うお店に電話して、ガスのソケット口をアメリカ製のものに付け替えてボンベをつないで使う準備が整った。念願のマシンが手に入って僕も大満足で、たびたび友人を呼んでは BBQパーティーを催した。 壊れてしまったBBQマシン 先日住まいを変えることにしたが、条件はこのマシンを置けるバルコニーがあることを前提に新しい物件を探した。引っ越しが完了してマシンをバルコニーに置いておいたのだが、うっかり雨のあたる場所に置きっぱなしにしてしまった。ある日土砂降りの雨が降って、外を見ると大事なマシンが水浸しになってしまった。「あーまずいな。壊れるんじゃないだろうか?」と思って、雨がやんでからスイッチを入れてみるとバーナーの炎が途中で途切れてしまった。何度やっても駄目だった。「やっぱり、壊れてしまったじゃないかー。」と絶望のため息が出た。早速、またノーマンに電話して何か良い方法がないか聞いてみた。「5年近く使っているが、俺のマシンにはそんなことは一度も起きたことがないので、どうやって修理するか全く分からない。」と頼りない返事が来た。彼は株ディーラーで、僕と同様このようなことは苦手らしい。日本にこのBBQマシンの取り扱い会社があるはずもなく、自分で解決するしかなかった。僕は嫌々ながら例の英語のマニュアルを取り出して、このようなトラブルの対策を調べてみた。どうやら前回の雨にあたったことが原因で、バーナーにガスを送るソケットのあたりが錆び付いてガスの出方が悪くなっているらしかった。直すにはマシンのその部分を分解して錆びをとるしかなかった。 どうして良いか分からなかった修理方法 先週の日曜の午前中、前日までの一週間、忙しい診療で疲れていた体を奮い起こしてこのマシンを治すことにした。思いがけずよい天気で、気分的に前向きに望むことが出来そうだったが、油でべっとりと汚れたマシン触った途端手が汚れて思わずひるんだ。「こんなこと、僕にはできないよ。」とまた弱音をはきそうになった。恐る恐るねじを緩めようと油だらけのねじにマイナスドライバーをさしてみたものの、ねじはびくともしなかった。思い切って力を入れるとねじの上がかけて、もう回せなくなってしまった。「あーっ、もう駄目だ!」一喜一憂しやすい僕はパニックに陥った。自分ではどうすることも出来ないと思った。「何たって、こんなことはやったこともないし自分の専門外なんだから。」と言い聞かせようとしたが、やりかけたことを簡単に諦めないのも僕の主義だった。 そもそも整形外科で研修をした僕は、外科医として職人的技を習得しているのだから、冷静になればこれくらいのことは対処出来るはずだと思った。いずれにせよ、「ねじ一つ外せないのだから、そう簡単にはいかないな。今持っている安直なドライバーじゃ無理そうだ。まずは道具を揃えよう。」と思い、麻布十番まで自転車を走らせた。麻布十番は昔ながらの街で、金物専門店があるのは前から知っていた。日曜日だけど、店が開いているのを祈りながら向かった。運良くそのお店は開いていて僕は息を切らしながら駆け込んだ。まずはもっと力のはいるドライバーを探した。ドライバーは山ほどあってどれがいいのか全然分からなかったが、大きい方が力が入りそうだったので、手に取ってみた。値段は1,000円くらいで「こんなものがいいのかな?」と思った。 金物屋さんのアドバイス そうこうしていると店のおじさんがやってきて「何が欲しいの?」と尋ねてきた。僕は自分の持っているBBQマシンが壊れて困っていることを伝えた。ねじが外れない場合はねじの頭を木づちでこんこんとたたけばよいと言われた。さらに、ねじがばかになって回りきらない場合には金のこで切って目をつけることを教わった。それと、これらの道具はある程度値段を出して良い物を揃えたほうがいいと言われた。僕も整形外科医として、道具の重要さは痛いほど分かっていた。この金物屋さんのアドバイスで、マシンを直す自身が出てきた。僕もこの金物屋さんと一緒で、技術で生きる職人の一人なのだ。 下町職人の商売に対する大切な姿勢 アパートに戻って早速、BBQマシンの分解に取りかかった。はずすことは不可能と思われたねじもはずれ、バーナーの部分を取り出して掃除をした後、組み立てなおすと無事治すことができた。不可能と思っていたことを達成することが出来て、思いのほかうれしかった。せっかくなのでバーベキューをしようと思い、午後は皿などを買い足しに下町のほうへ足を延ばしてみた。前から欲しかったワインを氷とともに冷やしておくワインバケツを探した。ようやく、一軒の店にワインバケツがあった。食卓セットの一つとして飾ってあったそのワインバケツは6000円くらいの値段がついていた。お店の人に「これをください。」と頼んだところ、「お客さん、何もそんな高いもの買わなくたって、もっと安いものがあるよ。3000円も出したら十分良い物が買えるよ。」と教えてくれた。 実際、安い商品を見たところ、確かにこれで十分だった。僕はこのとき”はっ”とした。これこそ長続きする商売の秘訣だと思った。お客さんに対して本当に良い物を提供すること、正直になる姿勢が肝心だと直感した。なぜなら、僕はこの正直な店員が気に入って、そのお店ではワイングラスなど、」結局6000円以上の買い物をした。このお店であれば値段相応の良い物を買うことが出来ると判断したからだ。この下町のお店も職人的で、適切なものを正当な料金で売る姿勢に好印象が持てたのだ。 僕も勤務医から開業医になって、自分自身で商売を始めることになったわけだが、自分も顧客に対してこの下町の職人たちの正直な姿勢を見習うことが安定した経営に結びつくのだろうと思った。結局、お金はお客さんに感謝される施しをすることによって後からついてくるのであり、一獲千金を狙って不当なことをすれば必ずそのつけは回ってくるように世の中はできているのであろう。日曜の午後に壊れたBBQマシンの修理を思い立って、自分のビジネスに関係する重要なポイントを確認することができて、とても有意義な体験だった。早速、夜にこの修理の終わったBBQマシンでラム肉を焼いて食べてみた。すっかり寒くなった秋空であったが、その味は格別だった。