2022年9月19日
診察日記-1
大切にすべき一人一人の顧客 最近、我がクリニックも目の美容治療の患者さんが多く、仕事に追われる日々が続いている。午前10時頃に銀座に来てみるとわかるが、大半の店舗がまだシャッターを閉じたままだ。当クリニックの開院時間もこの銀座の足並みに合わせて午前11時から開始し、診療を終えるのは午後8時となる。今日も夜7時近くになり、そろそろ後片付けに入っている頃一本の電話が鳴った。受付スタッフが僕に「先生、これから見てほしいという患者さんから電話が入っています。どうしますか?」と言った。僕は当クリニックが完全予約制で営業しているので“ えっ?”と思ったが、「その患者さんの用件はなんだと言ってるの?」と聞き返した。受付スタッフは「中国人の方で、中国で数週間前にほほのたるみ取り手術、いわゆるフェイスリフト手術をしてきたのだが、傷口が化膿しているらしいと言っています。」と答えてた。僕は「そうか、よそでやってきた患者なんだ、えーっと。」と少し考える時間をもらった。僕に責任のある患者ではないので、僕が関わることによって、変なトラブルに巻き込まれたくないし、もう今晩は仕事を終えて家に帰ることが出来ると思っていたので、正直面倒くさいと思った。電話のむこうには中国人の患者が待っていた。僕は5年前まで携わっていた救急医療の記憶を思い起こした。救急医療の現場で患者を選択することは出来なかった。たとえそれがどんな患者であろうと、困っているの場合は救いの手を述べるのが医師の使命なのだ。僕は受付スタッフに「うん、わかった。受け入れよう。」と答えた。 患者は中国人の女性で30分後に日本人男性に付き添われてやってきた。ほとんど日本語が話せないため通訳が必要だったのだ。話を聞くと数日前から切開した部分が急に痛みだしたらしい。ほほの左側をみると傷口の一部が赤くなり炎症を起こしていた。傷口を消毒しようとするとこの女性はとても痛がった。これは手術後の感染症の所見と間違いなかった。治療には抗生物質の点滴と内服薬が必要だった。この患者に抗生物質の点滴治療が最低で3日間必要出ることを伝えた。日本人の男性は僕のクリニックでこの中国人の患者を受け入れたことにとても感謝していた。何故なら、開業して間もない僕のクリニックで診てもらえるまでに20件近くの病院に電話をしたのだがすべて断られたらしい。特に美容系のクリニックでは他院でやったものを診ることは出来ないと軽くあしらわれたと僕に告げた。確かにあまり売り上げに貢献しないこのような患者を受け入れるのに好意的でないのは僕も理解出来た。しかし、どこかで治療しなければこの患者は痛い思いをし続け、最悪の場合もう一度傷を開いて治療することにもなりかねない。1時間程度の治療を終える頃、僕は明日もこの患者さんに来るように5時に受診するように伝えた。 翌日5時になっても患者さんは現れなかった。どうしたのだろうと気にしながら他の患者を治療していると、7時頃になってようやく僕のクリニックにやってきた。到着するや否や、「2時間迷ってようやくたどり着いた。」と僕に告げた。今回は一人で来たため、慣れない銀座で迷ったらしい。状態を診ると昨日より症状はだいぶ良くなっていた。このまま点滴を行えばすぐに良くなることが予想出来、一安心した。 間もなく彼女の友人の身なりの良い中国人女性が、彼女を迎えに僕のクリニックに現れた。彼女はクリニックに着くと、彼女は美容医療に興味があると見えて矢継ぎ早に美容関係の質問を僕に投げかけてきた。治療内容や料金を伝えると、この友人の女性は治療の予約をすかさず入れた。僕は「なるほど!」と思った。この感染症を起こした患者さんが、僕のクリニックのことを友達に伝えてくれたのだ。女性の口コミは強力な宣伝ツールであることは揺るぎないのだ。他のクリニックが見放した患者を僕が引き受けたことで、あらたな顧客につながったのだ。昨日の夜、電話が来た時に断ることは簡単だった。しかし、僕はその時一呼吸を置いて、過酷だった研修医時代のことを振り返り、医療の本質は困っている患者を助けることを思い出したのだ。この二人の中国人女性たちは僕のクリニックのパンフレットを他の友達に紹介すると言って、たくさん持って行ってくれた。僕は患者と医療の両サイドがお互い感謝できるこのような関係が最良であると実感した。今晩も帰りがけに電話が鳴った。突然蕁麻疹が現れ、かゆくてしょうがないので診てほしいという患者だった。僕は受付スタッフに「もちろん、診るよ」と喜んで答えた。