2022年9月20日
ハワイ-2
バンガロー到着 車を右往左往させながら、僕はなんとか宿泊予定のバンガローに到着した。時刻は午後3時を廻っていた。中に入ると正面カウンターあたりから、テンポの良いラジオソングが流れている。中に人影はなく、皆出払っているようだった。僕は「誰かいませんか?」と呼びかけてみた。何度が呼び続けると、上半身裸、ジーンズを膝上まで切り取ってショートパンツを履いた大きな白人男性が現れた。身長は190cmくらいだろうか。僕は彼を近くで見上げると長い金髪をなびかせていた。僕は一瞬たじろいだ。彼は「今日は暑いね。でも波が大きいからサーフィンには最高だよ。」と言った。僕は「えーと。今晩からここに宿泊したいのですが。」彼は「ようこそ、私たちのバンガローへ。あなたの名前は?」と続けた。僕は自分の名前を告げた。彼は「部屋は4人部屋、前払制で一泊10ドルです。何泊する予定ですか?」僕は黙った。新しい環境、言葉の壁、この男との体格差、全てに圧倒された。ここでしばらく暮らしてゆく自身がすぐにはなかった。彼は僕の不安そうな様子を察したのか、「心配しないで。退出前日までに知らせてくれれば結構。」と言った。 チエックイン終了後、彼は僕を部屋へと案内した。部屋に入った途端、汗の臭いがぷんとした。一泊10ドルの共同部屋なので、その程度のことは覚悟していた。僕は部屋の中を見回した。二組の二段ベッド部屋の壁側にお互いが向き合うように置かれていた。バックパッカーと思われる若者が宿泊しているのだろうか?ベッドの周りに大きなバックパックや、ハワイの地図が無造作に置かれていた。僕には一方の二段ベッドの上が寝床としてあてがわれた。とりあえず体を休める場所が決まるとほっとしたのだろう。僕はすぐに激しい眠気に襲われた。それもそのはず、日本時間にすると昼過ぎまで夜通し起きていたことになる。僕は一休みしようと横になったが、何か物足りない。よく見るとベッドの上には枕が一個と、薄っぺらなシーツが一枚置いてある。だが、毛布や掛け布団らしきものは用意されていなかった。ハワイは常夏なので、体の上には何もかけないで寝るのだろうか?だが、寝るときは夏でも何かにくるまって寝る習慣のある僕は、体の上に何もかけずに寝るのはどうも落ち着かない。 僕はもう一度受付に戻って、「すみません。毛布はありますか?」と尋ねてみた。受付の彼はきょとんとした顔をして、「えっ、毛布?ちょっと待ってください。探してみます。」と言いながら奥の方に入って行った。しばらくすると「一枚余っているのがあったよ。でも、ハワイは暖かいから毛布なんか必要ないと思うけれど。」と言いながら僕に毛布を渡した。よく見ると毛布はぼろぼろでしみだらけだったが、ないよりはましだった。僕は体に毛布を掛けた途端、安心してあっという間に眠りに落ちた。 自己紹介 あたりのざわめきに気がつき、目を覚ますと辺りはすでに暗くなっていた。時計を見ると午後7時近かった。3時間ほど眠りに落ちていたことになる。頭を持ち上げて部屋の中を見回したが、誰もいなかった。耳を澄ませると、先ほどの受付辺りから話し声が聞こえてきた。部屋のドアを少しだけ開けて声の聞こえてくる方を覗いた。受付近くのソファに3~4人の若者たちが腰掛けながら、楽しそうに話していた。僕は部屋から出ようと思ったが、見知らぬ外国人たちにが気になり、足を踏み出せなかった。当時の僕は自分のことを、小柄で英語も話せないちっぽけな日本人と認識していた。つまり、自分に自信がなく、体格が大きくて颯爽としている外国人たちに対して、明らかな劣等感を持っていた。だが、現状を打開するにはこの部屋を出て、彼らに自己紹介する以外なかった。 僕は勇気を奮い起こして部屋を出た。彼らは僕と同じくらいの年齢だろうか?「こんにちは。」僕はこわばる表情を出来るだけ柔らかくして話しかけた。彼らの一人がにこにこしながら「やあ、こんにちは。君はどこかからきたの?」と尋ねた。「日本から来ました。」彼は僕に近寄って握手を求めた。彼は続けて「僕の名前はヨルグ。ドイツのハンブルグからサーフィンのためにマウイに来ました。」と言った。「日本の北海道を知っていますか?札幌です。昔、冬季オリンピックが開催されたことがあります。」僕は慣れない英語を使って自己紹介をした。このドイツ人の若者はさらに何かを伝えようとしたが、なかなか言葉が出てこない。彼はようやく何か言い始めたが、ドイツ語なまりが強く、何を言っているか理解できなかった。彼は僕に向かって照れながら「ごめんなさい。僕の英語はへたくそなのでうまく説明できません。」と言った。僕はとっさに「僕の英語もあまりうまくありません。これからしばらくここで暮らします。よろしくお願いします。」と微笑みながら答えた。この自己紹介を終えると、僕が部屋を出る前に感じていた不安はすっかり解消された。その夜、僕は疲れが限界に達して、近くのコンビニショップのサンドウィッチを食べた後、すぐに眠りに落ちた。 辺りが明るくなっているのに気がつき、僕はふと目を覚ました。少しだけ空いている部屋の窓から朝の涼しい風が吹き込んでいた。朝を告げる小鳥たちの賑やかなさえずりが聞こえてきた。時計を見ると午前6時頃だった。約12時間近く、ぶっ通しで寝ていたことになる。この部屋の住人たちは戻ってきているのだろうか?二段ベッドの下をのぞき込んでみた。下のベットには大柄の白人男性が裸同然の姿でぐーぐー寝息を立てながら寝ていた。向かいの二段ベッドを見ると、北欧人らしき金髪白男性の若者たちがぐっすり寝ていた。ハワイの午前6時は日本時間で真夜中12時に相当する。僕は彼らを眠りから起こしてはまずいと思い、もう一度寝ようと目をつぶった。しかし、たっぷり寝たせいか、さすがにもう一度眠ることは出来なかった。部屋の天井を見ながら、つい数日前のまだ春にはほど遠い北海道のことを考えた。“日本から飛行機で7時間飛んだだけでこんな別世界に来れるなんて。”ハワイに到着したときに感じた不安はもうどこかに行ってしまった。その代わりに、これから起こるであろう全く未知の経験や、新しい人たちとの出会いへの期待で胸が膨らみ始めていた。