2022年9月19日
女性についてー8(肥満の本当の原因-2)
(前回からの続き) 彼女にふりかかった呪縛 診察中に気がついたのだが、彼女の背中には男性の名前らしき刺青が見えた。名前は付き合っていた彼氏のものらしく、彼女の想いは相当だった。男性の不倫は男性の家族にも発覚し、この彼氏の妻は激怒したらしい。当然の結果だが、彼女は男性の妻から激しく叱られ、恨みを買った。彼女は相手の家族まで巻き込んだことへの、自責の念にかられた頃から太り始めたらしい。しかし、彼氏に家族の存在を知らされなかった彼女に何一つ非はなく、一方的にこの男性が悪い。どうやら相手はやくざだったらしく、この一件が発覚したのにもかかわらず、男性は彼女に交際の継続を求めてきた。もちろんそれ以来、交際はしていないのだが、純粋な彼女は簡単にその想いを冷ますことが出来ずにいた。 僕は彼女に「それは辛かったでしょう。でもその辛さも、時間がたてばきっと落ち着くはずですよ。」と慰めたところ、彼女はぽろぽろと涙をこぼした。彼女が涙をこぼしたことを医学的に推察すると、彼女の気持ちすでに回復に向かっている。人は激しいショックを受けた直後は動揺して、悲しむことすら出来ない。涙を流すということは、その事実を受け入れ、そのショック(悲しみ)を解消しようとる心の働きだ。彼女はこの悲しみ、寂しさを物を食べることで解消しようとして、激太りしてしまった。人生経験の浅い彼女は過の原因の裏に失恋のショックがあることに気がついていなかった。 僕は彼女に「あなたがどうして痩せられないのか、その原因がわかりました。」と告げた。彼女は目を見開いて「どうしてなんですか?」とすぐに聞き返した。僕は「失恋が原因です。」と答えた。彼女は「やっぱりそうですか。私も多分そうだと思ったんです。でもそうだとしても、この食欲を止めることが出来ません。」と言った。僕は彼女に「失恋が肥満の原因であることを素直に認めることが大切なんです。」と伝えた。彼女は「はい、わかりました。じゃあ、どうすれば良いんですか?」と聞き返してきた。僕は彼女にはっきりと次のように伝えた。「もう彼氏のことは完全に諦めなさい。まだ、好きだと思っているうちはそれがストレスになって、痩せることは出来ませんよ。今回は彼氏だけでなく、その家族まで巻き込んでしまったのです。彼氏の奥さん憎しみが怨念となって、あなたの上にのしかかっているのです。これは‘呪縛’と言って、今断ち切らない限り、延々とああなたに災いをもたらすのです。」彼女は黙っていたが、”はっ”と何かに気がついたような表情をした。僕は最後に「繰り返すようですが、あなたの過食の原因は、彼氏の奥さんの‘呪縛’が原因です。恨みを深めないためにも、もう彼氏のことはきっぱりと忘れてください。これがあなたの過食の治療に最も必要なことです。」と彼女に告げた。彼女は「わかりました。」と答えて去っていった。 現代医療の問題点 “呪縛が肥満の原因”とは、医師の診断としては随分非科学的だと思うかもしれない。この彼女も最初は僕に‘サノレックス‘と呼ばれる痩せ薬を処方するよう要求していたが、僕は敢えて断った。この薬は単にダイエットのきっかけ作りに用いられるべきであって、彼女のケースのように心の問題が肥満の原因である場合、あまり意味がない。臨床医として患者を見る場合、人間は必ずしも、科学的根拠に基づいて治療されるのが一番良いとは限らない。今回のように患者を‘呪縛‘から開放することも、医師としてれっきとした仕事であり、そのほうが薬を投与するより効果的であることが少なくない。現代医療の問題点は薬を処方したり、何らかの治療をしない限り、病院側の報酬に結びつかないことである。この患者のように、病気の原因が心に生じた軋轢である場合、本当に大切な治療は医師が患者の良き理解者になることなのだが、それでは病院経営が成り立たないため、不必要な治療をせざるを得ない。 すっかりスマートになって戻ってきた彼女 彼女のことはしばらく気になっていたが、日々の診療に忙殺され、時間とともにその後、彼女がどうなっているかすっかり忘れていた。ある日、片目の二重の相談に若い女性の予約が入っていた。診察室に入ってきたのは、あの彼女だった。あれから4ヶ月の月日が流れ、なんと彼女は驚くほどすっかり細くなっていた。「先生、今回は反対側の目を二重治療をしてください。」と彼女はにこやかな表情で僕に話した。僕は彼女に「○○さん、それにしてもすっかりスマートになって!」と伝えたところ、彼女は「あの時、先生に言われた事を最後に、彼氏の事はきっぱり忘れました。」と答えた。僕は思わず、「良かったね。彼氏の奥さんからの呪縛が解けたから、もう心配ないよ。それにしても○○さんはそんなに細かったんだね。」と僕が言うと、彼女は「先生、本当にありがとうございました!」と元気よく答えた。患者さんたちからのこの感謝の一言が、我々医師たちの自信となり、また次の治療への原動力となるのだ。