GINZA CUVO

先駆的役割を果たした東京新橋十仁病院

 

我が国の美容外科医療の萌芽も,昭和初期にヨーロッパから導入移植されたものと言われている.前述のように,ヨーロッパの近代医療技術は第一次世界大戦で負傷した兵士たちの傷病に大きく寄与し,その方法と実績が我が国の美容外科の発展にも多大な影響を及ぼしたのである.

第二次戦後の日本の美容外科の進展の中で先駆者的な役割を果たしたのが,東京・ 新橋の「十仁病院」である.「十仁病院」は総合病院の形態を取りながら,多くの 美容外科手術を求める患者を治療した「美」と「医」の両輪を追究する現代美容医 療の先駆け的存在と言っても過言ではない.
 
日本における美容外科の歴史において,美容外科が正式な医療行為であるとの認 知に比較的時間がかかったのは,それが健康な身体に外科的侵襲を加える行為であ るのに対して,安全性の確立が不十分であったことが一つの大きな要因でもあった.
当時の美容医療一般は今日の美容外科の水準と比べると,“手探り状態”と言っ てよい段階で行われており,その中でもパラフィン製剤を用いた豊胸治療等による後遺症などが社会問題化されたことがあった.
初期の美容外科治療においては,豊胸術や顔の若返り術と称して,皮下に直接ゲル状のシリコンを注入し,合併症を引き起こしたり,隆鼻術と称して解剖学的に無謀なプロテーゼ(シリコン樹脂を板状に加工したもの)の挿入を試み,プロテーゼが後年に皮膚を突き破って出てくる症例などが散見された.
 
 
 
標榜科としての正式認定を受ける
 
こうした経緯から,医療の信頼性の回復と先進的技法の修練・構築という目的か ら,1958 年には日本形成外科学会が組織され,1972 年に形成外科は標榜科として 正式に病院の診療科目に加えられ,1978 年には美容外科も標榜科として正式に認 定を受けることとなる.この美容外科の認定に当たっては,「十仁病院」初代院長 梅澤文雄による情熱的とも言える強い働きかけにより,標榜科認定を受けたと言われる.
 
この頃を契機に,美容外科は社会的認知度を急速に広めていくのである.我が国 の経済社会は高度経済成長時代を経て,豊かに成熟した市民社会を形成するに至り, 女性たちの美しさへの憧れや願望・意識も急上昇のカーブを描いていった.外見的 美しさを獲得するための美容外科医療は,右肩上がりの社会とともに発展していったのである.
当時東京や大阪など,大都市のみに限定して事業展開していた美容外科医療で あったが,テレビ・ラジオなどのマスコミ媒体の急速な発展により,都心部のみな らず,日本全国各地にこの新しい医療の存在を知らしめることとなった.
 
そしてこの医療のビジネス価値をいち早く知った医師の中からは,全国チェーン展開する新手の美容外科クリニックも誕生し,瞬く間に拡大していったが,その一方では確実な技術を有することなしに強引な手術を行ったことに起因する医療トラブルも絶えなかった.さらには,治療を提供する医師側の明らかなモラル欠如と思われ金銭や女性関係にまつわる刑事事件なども多発し,美容医療の評価を著しくおとしめる結果を招くところとなった.
 
美容医療に携わるこのようなモラルの低迷は,別の見方をすれば需要過多の「奢りと混乱」であり,専門的な医療に裏打ちされず,業態として確立されていない不用意な精神がごく一部には横行したのである.人々が美容外科医療に対して他医療とは一線を画した印象を持ち始めたのも,人を救うという医療の本来あるべき姿から大きく逸脱する例がこの時期から跡を絶たなかったからである.
とは言え,「美」と「医」の二つの理想を追究する現代美容医療は混乱期の壊滅 的な打撃により,迷路に入り込むという深刻な事態を招くことはなかった.
 
国民経済はこの高度成長の後に起こったバブル経済の崩壊を経て,“失われた 10年”と呼ばれるような長い不況の低迷期に突入していくが,その間も我が国の経済活動は安定的に推移し,多くの人々に物質的充足感と安定した生活意識をもたらしている.
こうしたなかで,国民の価値観は〈モノよりも自分自身の存在〉にこそ求める傾向が強くなり,外見的価値の改善・見直しや維持に直接的に貢献する美容外科医療は,激変する社会状況に揉まれながらも着実に成長していったのである.
西暦 2000 年の新しい時代(ミレニアム)の幕開けとともに,モノよりも己に価 値を見出す志向は一層高まり,人々は自己の成長発展に対する投資を惜しまなくなった.
そして我が国は先進国の宿命とも言える少子高齢化時代を迎え,かつてのように若い次世代に現世代の老後をゆだねる時代は過去の産物に成り果てた.
 

評判を呼んだ皮膚筋皮弁のリフトアップ治療

 

「眼瞼形成術」については 1818 年,ドイツの医師 Von G raefe によって初めて 体系づけられたとされている. 第一次大戦後,1928 年にドイツの Bourguet が後隔膜に位置する下眼窩脂肪の存 在について発表し,さらに経結膜的アプローチによる下眼過脂肪除去術について報告している. しかし,この時点での経結膜的下眼瞼脂肪除去術(皮膚切開を用いないで目の裏側から進入する方法)の適応は,余剰皮膚がほとんどなく下眼窩脂肪が前方に突出した症例のみが適応であった.

第二次大戦後,1950 年代に入ると,ニュージーランドの Sir Archibald McIndoe が,下眼窩脂肪の除去と一緒に皮膚切開法を用いる皮膚筋皮弁のリフトアップ治療 を行い,良好な結果を得られることが出来た.この治療結果が評判を呼び,皮膚に余剰がある症例でも良好な成績が得られるようになった. 近年,1990 年代半ばには米国(アメリカ)の Hamra ST. が脂肪除去を行わず, 眼窩縁靱帯を緩め,眼窩脂肪を眼窩縁に移動させることで,皮膚から突出した眼窩 骨縁や,そこから鼻部に向かって伸びる溝形成を緩和させるという新手法 Hamra 式下眼瞼形成術を実施した.
しかし,皮膚切開法による目の下のクマ(くま),たるみ治療(下眼瞼形成術) を行うと,下眼瞼縁の変形などの問題がある一定の割合で起こることがわかっている. その主因は,皮膚切開時に眼輪筋に伸びる顔面神経末梢枝を損傷することで眼輪 筋機能低下が発生し,瞼板が弛緩することで下眼瞼の外反傾向が起こるからである. このように皮膚切開法を用いた下眼瞼形成術に伴う下眼瞼縁の変形や外反を予防 するため,眼瞼縁外眼角部の支持処置の重要性が知られるようになった.

 

中高年にも適応が広がった経結膜的下眼瞼形成術

 

そもそも外眼角形成術や外瞼板抜去術は,外傷など何らかの原因で発生した眼瞼 縁の変形修正のための治療手技であった.近年これらの手技は,美容外科目的で行 われる下眼瞼形成術にて,眼瞼縁変形の予防としての意義が証明され始め,1990 年以降は下眼瞼切開法は中顔面の若返り治療としても用いられるようになった.

このアプローチで広範囲に中顔面を剥離し,より大きな効果をもたらす治療が進化するにつれ,下眼瞼縁支持に関与する手法が中顔面挙上治療の中で重要な役割を占めるようになった.
一方,皮膚切開をしない経結膜的アプローチによる目の下のクマ(くま),たる み治療(下眼瞼形成術)は 1928 年の Bourguet の発表以来,80 年以上に亘り,ヨー ロッパを中心に行われてきた. また1970 年代および 1980 年代,北米にて数々の文献が発表されたが,Zaremと Resnick の画期的な発表のおかげで,この手法が世界中で認知されるようになった.
経結膜的下眼瞼形成術の初期,この方法は若年層で脂肪のみが突出し,皮膚の弛緩がない症例のみの適応であった.近年その適応が中高年層にも広がり,多少余剰皮膚が存在する場合でも,良好な成績が得られるようになった.特に皮膚切開法にしばしば伴う下眼瞼縁の変形等が発生しないため,その技術が確立されるにしたがって,この方法が大変良好であることが証明された.

1.1 形成外科の一部門として確立されるまで

 

 

古代インドの「造鼻術」に始まる世界美容外科

 

世界最初の美容外科の手術は紀元前 1500 年頃,古代インドで“造鼻術”が行わ れたという記録がある.当時のインドでは,刑罰として「鼻そぎの刑」が行われて いたが,そのそがれた鼻を元に戻すために額の皮を移植して鼻形成をしたというの である.

 

眼瞼周囲の美容外科については,紀元前 400 年頃のインドの記述,Susruta- tantra に記載があるが,時を隔てて近代では 1845 年にドイツのディーフェンバッハが,ユダヤ人に特徴的な鷲鼻を当時の美的基準に照らしてギリシャ・ローマ人のような均整の取れた形にする鼻形成術が行われていた.

 

美容整形と形成外科の原点は一緒であり,紀元前 6 世紀頃の古代インドと言われている.そこで行われていた造鼻術の技術はギリシャやローマにも伝わり,ルネサ ンス期の 1597 年にはイタリアのタリアコッティが形成外科の教科書を書いている.

 

エリザベス・ハイケンの『プラスティックビューティー〜美容整形の文化史〜』 によると,美容整形の原点とも言える形成外科の歴史は古く,16 世紀にイタリア のタリアコッチが決闘で失われた鼻の再建を上腕からの皮膚移植により成功させた という記述があるが,それ以降は形成外科の記録はなく,歴史的記録としては,第 一次世界大戦で英仏米各国の従軍医による戦傷者治療まで待たなくてはならない.

 

 

「美しくなる」ためには時間と努力を惜しまない女たちの登場

 

当時は負傷者の中に顔面外傷も多数含まれており,「形成外科」という呼称はな かったが,従軍医たちは再建手術として治療に当たっていた.そして,第一次世界 大戦後のアメリカ社会では医療分野の専門化,組織化が急速に進み,形成外科部門 は戦時中の功績が認められ独立した分野になっていき,それとともに「美容外科」 へも次第に注目が集まっていったのである.

 

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当時のアメリカ女性は,「美しくなる」ためには時間と努力を惜しまず,重症を負っ た兵士にも負けないほどの大金を美容医療に投じたという記録も残っている.

 

1921 年には美容外科手術がアメリカ社会にすっかり定着し,アメリカの女性に とって〈美〉はたんなる願望ではなく日常生活の中で必須のものになっていった. つまり,「美容整形」は戦傷者治療によって確立された形成外科の一部門として, そこから独立していくという成り立ちを持っているのである.

 

 

4.上眼窩

上眼窩は図-3で示されるように、皮膚直下に眼輪筋、そして眼輪筋直下には眼窩隔膜(Septum)が存在する。また図-6は眼輪筋を切離し、眼窩隔膜に達した所である。眼窩隔膜は矢印で示された白い膜状組織でその下に上眼窩脂肪を包み込む。また図-7は皮膚切開法を用いた上眼瞼形成術を施行した際に上眼窩脂肪を展開したところであるが、上眼窩脂肪に到達するには眼輪筋とこの脂肪の境界をなす眼窩隔膜を切離する必要がある。上眼窩脂肪は中央、外側部は比較的発達しているが、内側部はさほど発達していないことが多い。図-8では横走靱帯を認める。眼瞼挙筋は横走靱帯を滑車に上眼瞼を開眼させる。

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図-6:上眼瞼皮膚切開後、眼輪筋繊維に沿って平行に割を入れながら進入すると矢印で示した上眼窩隔壁(Septum)に到達する。

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図-7:上眼窩隔膜を切開し、上眼窩脂肪を前方展開したところ。

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図-8:余剰脂肪を除去し、デマル鉤にて上眼窩内を上下方向に展開すると、眼瞼挙筋腱膜上に横走靱帯を認める。

5.下眼窩

眼窩内で眼球と眼窩骨間を埋める黄色で示された組織は上下眼窩脂肪である。この脂肪量は東洋人で多く、加齢とともにその容積が増加する傾向にあり、いわゆるBaggy eyelid(目のたるみ)として典型的な老化兆候として認識されやすい。図-9は典型的な下眼窩脂肪の膨隆であるが、この脂肪は内側、中央、外側と3つのコンパートメントに分離されている。下眼窩脂肪に達するには下眼窩隔壁前面から進入する前隔壁アプローチと下眼窩隔壁後面から進入する後隔壁アプローチがある。図-10は前隔壁アプローチにより、下眼窩脂肪に到達しているが、その際は下眼窩隔膜を切離しなければならない。

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図-9:典型的なBaggy eyelid(下眼瞼膨隆)

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図-10:眼窩隔壁前方アプローチにて下眼窩脂肪に到達し前方へ引き出しているところ。

また図-10では、経結膜的下眼瞼形成術の際に下眼窩脂肪内側、中央部をそれぞれピンセットでつまみ、上方へ引き出している。図-11は下眼窩脂肪外側部をペアン鉗子で把持している。図-12は下眼窩脂肪内部を横走するRockwood 靱帯である。Rockwood 靱帯は下眼窩内側から外側眼窩骨まで伸びており、下眼窩脂肪を固定する役割を担っている。上下眼窩脂肪の機能的役割は定かでないが、眼球を衝撃から保護したり寒冷地で暮らす人々にとって眼球を低温から守る断熱作用を有していると考えらている。

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図-11:下眼窩脂肪外側部を同定し、鉗子にて把持しているところ。

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図-12:下眼窩脂肪を下眼窩内で左右に固定するRockwood靱帯(矢印)を同定したところ。

6.眼瞼挙筋とLower Retractor

図-1の緑で示された部位は、上眼瞼では眼瞼挙筋と呼ばれ、動眼神経の支配を受けて上瞼を開眼させる。眼瞼挙筋と瞼板接合部はハードコンタクトレンズを長期装用した場合や、加齢現象により弛緩することがある。同部位が弛緩すると眼瞼挙筋の上瞼を挙上させる力が伝わりづらくなり、いわゆる"眼瞼下垂症"が出現する。また眼瞼挙筋下にある青色組織は交感神経支配を受けるミュラー筋と呼ばれる筋組織で、この筋肉も上瞼の開眼に関与する。図-13矢印は眼瞼挙筋が瞼板へ付着する筋膜移行部を示す。筋膜移行部近位にはピンク色をした眼瞼挙筋自体も認められる。下眼瞼では上眼瞼の眼瞼挙筋が退化し、筋肉から結合組織状のLower Retractorと呼ばれる組織に置換されている。Lower Retractorは何ら機能を有していない。経結膜的下眼瞼形成法ではLower Retractorを切離しながら進入する。

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図-13:左上眼瞼にて矢印で示された横走靱帯下部に眼瞼挙筋瞼板移行部を認める。

7.眼窩結膜

灰色で示された上眼瞼ミュラー筋、下眼瞼Lower Retractorの眼球面は眼窩結膜で覆われている。眼窩結膜は上下天蓋部(Fornix)で折り返し、眼球結膜へと移行する。したがって経結膜的下眼瞼形成術で下眼窩内に局所麻酔剤を注入する際、眼球結膜に局所麻酔剤が移行し、図-14の如く眼球結膜が浮腫状となることがしばしばある。

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図-14:下眼窩結膜に注入した局所麻酔が眼球結膜にも浸潤し、矢印の如く眼球結膜下部が浮腫状となっている。通常この眼球結膜浮腫は治療後7~10日程度で自然解消される。

8.外眼筋

赤色で示された組織は外眼筋の一部であり、上眼瞼では上直筋、下眼瞼では下直筋と呼ばれる。これらの筋肉は眼球運動機能に関与しており、上直筋は眼球上転運動、下直筋は眼球下転運動を司る。外眼筋にはこれら以外にも内側直筋、外側直筋、上斜筋、下斜筋と全部で6個の筋肉から構成される。図-1の黄色で示された筋肉は下斜筋であり、この筋肉は図-15の矢印の如く、しばしば経結膜的下眼瞼形成術の際に遭遇する唯一の外眼筋である。

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図-15:右下眼窩内の矢印で示された赤い組織は下斜筋で、下眼窩脂肪内側部と中央部の境界を斜走する。

下斜筋は下眼窩脂肪内側部と中央部を分けるように位置している。下斜筋は眼球外側から起始し、頭外側から尾内側に向けて斜走し、眼窩骨底に停止する。下斜筋は動眼神経に支配され、収縮すると眼球を上外側方に向ける作用を有する。経結膜的下眼窩形成術において下斜筋を損傷すると眼球上外側方運動に支障を来し、斜視や複視を引き起こす可能性があるので、注意が必要である。下斜筋以外の外眼筋に眼窩形成術を行う際に遭遇することはあり得ない。

症例:59歳 男性

経過:

従来より下眼瞼(目の下)のたるみ、最近になって上眼瞼のたるみ(上眼瞼下垂症状)が気になっていた。こういった知識がない本人は綿密なインターネット検索の結果当クリニックの存在を知り、症状改善の可能性を求めて来院した。

診察:

症状(写真-1)を上部から観察すると、上眼瞼陥没、軽度の眼瞼下垂症、中等度の下眼瞼たるみ症状を認める。上眼瞼下垂症の診断は、眼球動向をやや上眼瞼を覆う状態から軽度眼瞼下垂症と診断した。その症状はやや右>左である。

次に下眼瞼症状を観察すると、典型的な下眼窩脂肪突出による目の下のたるみ(buggy eyelids)が存在すし、症状は右<左である。このbaggy eyelidsによって下眼瞼皮膚色素が強調され、いわゆる目の下のクマ(くま)も目立つ状態である。

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写真-1(治療前)

治療後評価:

上眼瞼下垂症状は下眼窩脂肪膨隆(buggy eyelids)症状がその一因として考えられること、また本人の希望により、最初に下眼瞼症状(目の下のたるみ)改善のための経結膜的下眼瞼形成術から行った。

治療7日後の写真-2を観察すると治療後の腫れはほぼ解消されたものの、左目周囲に軽度内出血が残存している。下眼窩治療は下眼窩内側〜外側まで包括的に行うので、このように内出血が下眼窩内側から外側、さらに上眼瞼まで波及することがある。通常この内出血は治療後10日程度で解消される。

摘出された下眼窩余剰脂肪(写真-3)を観察するとその量は右<左で症状と矛盾せず、下眼窩膨隆症状は適切に処置されたことがわかる。

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写真-2(治療7日後)

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写真-3(下眼窩摘出脂肪)

写真-4の如く下眼瞼治療後1年6ヶ月が経過、症状固定(最終治療結果)に至り、治療前に比べて目の下のたるみ、クマ(くま)症状は大幅に改善された。右下眼瞼に軽度たるみ症状が残存するが、その原因は前回治療において下眼瞼凹み等予防を最優先に治療を行ったため下眼窩脂肪が軽度残存したことによる。だが患者はこの症状はあまり気にしていないため、このまま様子をみることとした。

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写真-4(下眼瞼治療1年6ヶ月後及び上眼瞼下垂治療前)

今回の治療は以前から存在した両上眼瞼下垂症を対象とした。1年6か月前の下眼瞼治療以前(写真-1)と比較すると、治療後の現在(写真-4)、ある程度上眼瞼下垂症状が改善されている。その理由は上眼瞼下垂の一因が下眼瞼構造の不具合なので、下眼瞼治療によりその不具合が解消された結果、上眼瞼下垂症状がある程度解消された。

上眼瞼下垂症に対する治療は上眼瞼挙筋短縮術を行った。この手術は上眼瞼二重線に切開を加えた後、眼輪筋に平行切開・侵入し上眼窩隔壁に到達する。さらに上眼窩隔壁内に切開侵入し、眼瞼挙筋を同定する。次に弛緩した眼瞼挙筋遠位端と上眼瞼腱板を短縮縫合し、眼瞼下垂改善を確認する。その際、眼瞼下垂の一因である余剰皮膚及び上眼窩脂肪を適切に除去することも大切である。最後に上眼瞼皮膚縫合を行い治療を終了する。

上記治療7日後(写真-5)を見ると両眼窩周囲の内出血、左目では上眼瞼二重幅の著しい腫脹を認めている。上眼瞼から摘出された余剰皮膚と脂肪(写真-6)を確認するとその量は右>左で症状と矛盾していない。

眼瞼下垂治療(眼瞼挙筋前転術)が適切に行われた初期サイン(兆候)は両上眼瞼陥没症状の解消だが、本症例でもすでにその初期サイン(兆候)認められた。

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写真-5(上眼瞼下垂症治療7日後)

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写真-6(上眼瞼から摘出された余剰皮膚と脂肪)

両上眼瞼下垂症治療後1か月が経過し、眼瞼下垂症状は良好に解消され、患者満足度もこの時点で非常に高いものとなった。(写真-7)

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写真-7(上眼瞼下垂治療1ヶ月後)

だが治療4ヶ月後、本人は左目の開眼が右目に比べてやや劣ることが気になり、左目再治療を強く望んだので左目上眼瞼下垂再治療を行うこととした。(写真-8)

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写真-8(上眼瞼下垂治療4ヶ月後)

1度目に比べ治療侵襲が軽微なため、抜糸時(治療8日後)でもその腫れは少ない。(写真-9)

初期治療にてほぼ自然な結果が得られていたため、今回の再治療では眼瞼挙筋前転量も控えめとし、左上眼瞼のみが過剰矯正に陥らないことを最優先として治療を行った。

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写真-9(上眼瞼下垂再治療後8日後)

再治療後7ヶ月経過時点での写真を確認すると、今回の再治療では左眼瞼挙筋前転量も軽微であったため、得られた治療結果も比較的軽度であった。(写真-10)

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写真-10(上眼瞼下垂再治療7ヶ月後)

だがこの患者の場合、左上眼瞼下垂症状へのこだわりが大変強く、もしさらなる改善が望めるのであれば、最後にもう一度左上眼瞼の治療を希望した。このような症例の場合、治療を拒絶するのも一案であるが、患者の治療への理解、認知・良識も問題なく、医師との信頼関係は十分にあったので、今回の治療を最後と確約した上で左上眼瞼下垂再々治療を行った。

治療は余剰皮膚切除を中心に行い、眼瞼挙筋前転は確認程度とし、ほとんど行わなかった。(写真-11、写真-12)

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写真-11(上眼瞼下垂再々治療7日後)

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写真-12(上眼瞼下垂再々治療時の余剰皮膚)

最終的に左上眼瞼は3度治療を行ったため、左二重幅は治療1ヶ月が経過しても慢性的腫脹が継続している。(写真-13)

だが本人はすでに複数回治療を行った経験から遷延する経過に熟知しているせいか、不安等を感じることなく現状にすでに満足していた。このように上眼瞼下垂治療は大変デリケートな治療であり、必ずしも1度の治療で解決するとは限らない。患者ー医師信頼関係を構築した上で、過矯正を確実に予防するため、今回の如く必要であれば再治療することを念頭に置くべきであろう。

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写真-13(上眼瞼下垂再々治療1ヶ月後)

1.上下対称な眼瞼構造

眼窩解剖を学ぶ上で重要なことは、眼窩組織が図-1の如く上下対称になっていることである。このことは眼窩組織の発生学上で生じた興味深い事実であるが、この眼窩の上下対称構造を考慮に入れながら、眼窩解剖を理解することが重要である。それは上下眼瞼手術を行う際、この対称性をイメージしながら手術を行うほうがオリエンテーションをつけやすいからである。

図-1:

・上眼瞼の皮膚直下に斑状赤で示された眼輪筋が存在し、この筋肉は閉眼作用を有する。

・眼窩深部から上眼輪筋下に延びる緑で示された組織は眼瞼挙筋腱膜である。挙筋腱膜はその直下で紫色で示されたミュラー筋、さらにその奥に存在するピンク色で示された眼瞼挙筋と結合しており、開眼機能を有する。

・挙筋腱膜下で青色で示された部位は軟骨組織から成る瞼板で、円滑な開閉眼に必要不可欠である。

・上眼窩奥にある黄色で示された組織は上眼窩脂肪であり、この脂肪はその前方にある眼窩隔壁内に収納されている。眼窩脂肪は眼球を保護する役割を担う。


・下眼瞼組織も上眼瞼構造とほぼ同様であるが、下眼瞼で緑と紫で示される部位は上眼瞼の挙筋腱膜と眼瞼挙筋に相当するが、機能を有さずpalpebral ligament、もしくはlower retractorと呼ばれる。

・下眼瞼内で眼球に付着したピンク色で示された部位は下斜筋と呼ばれる外眼筋である。

2.眼輪筋

上下皮膚直下に層状の眼輪筋が存在し、閉眼の際に眼輪筋は収縮する。また下眼瞼の眼輪筋は微笑む際にも収縮し、下睫毛に膨らみになる。この眼輪筋の膨らみは俗称で"涙袋"と呼ばれ、特に若者たちの間で魅力的な目元の特徴として好まれる。(図-2)

図-2:

・上写真は通常の表情で撮影、下写真は微笑時に撮影された。微笑時眼輪筋が収縮し、膨らみを形成している。

つまり眼輪筋は閉眼という機能的役割を果たすとともに表情筋として極めて貴重な役割をも有している。したがって、皮膚切開法による上下眼瞼形成術では眼輪筋への侵襲を考慮して治療を行わねばならない。上眼瞼切開法では、眼輪筋繊維に対して平行切開となり、ほとんど眼輪筋損傷が起こらないので問題になることはほとんどない。図-3の矢印に示されたピンク色の組織が上眼瞼眼輪筋である。

図-3:

・上眼瞼皮膚切開を行い、眼輪筋を露出したところ。矢印で示したピンク色の部位が眼輪筋。

3.瞼板

また上下眼瞼眼裂縁は瞼板と呼ばれる板状の軟骨組織(青)があり、閉眼の際に上下瞼が緩みなく締まるために必要である。図-4では二重埋没法を行うため、瞼板遠位部をピンセットで把持し、上瞼を反転させながら局所麻酔剤を注入しているところである。反転された黄色くみえる部位が上眼瞼瞼板である。

下眼瞼瞼板は上眼瞼瞼板ほど大きくはなく、図-5の如く下眼瞼を反転した際に認められる下眼瞼遠位端の2~3㎜程度の幅の軟骨である。

図-4:

・上眼瞼を反転させると、上眼瞼結膜の下に黄色く見える部位が上眼瞼瞼板。

図-5:

・下眼瞼を反転させると下眼瞼瞼板が現れるが、上眼瞼瞼板よりその幅は狭いことがわかる。

過去にある哲学者が"人間の幸福を損なうのは痛みと退屈"との格言を残したように、痛みは誰にとっても不快であり、いかなる時も痛みとは無縁でいたいと願うだろう。だが美容外科を始め、すべての医療は治療に痛みを伴うことがほとんどである。


特に美容医療では、救命目的や痛みを伴う病の治療ではなく、"Elective Surgery"と呼ばれるあくまで本人の随意によって決められた治療行為を行う。すなわち美容医療の如く、患者のQOL(生活の質)の向上目的に行う医療は、出来るだけ不快感や苦痛を伴わないよう配慮することが極めて肝心である。


またこの医療では、顔をはじめ大変デリケートな領域を扱うことが多いので、治療行為は可能な限り繊細かつ正確でなければいけない。そのため、治療に携わる医師の技術が揺るぎないものであることは当然として、患者の確実な沈静化を図ることが同様に重要である。


例えば美容外科手術に緻密な作業中に、患者が痛みや不快から予想外の動きしたとすれば、たとえどんなに有能な外科医であろうと、正確な治療を行うのは不可能となる。したがって美容外科医療では、適切な鎮静・麻酔剤を用いることで、患者の確実な沈静化と無痛状態を獲得した上で治療を行うことが必要不可欠となる。


外科医療の際の疼痛コントロールは麻酔剤を用いて行う。麻酔は全身麻酔と局所麻酔に大きく大別される。全身麻酔とは吸入麻酔剤等を用いて深い麻酔作用をもたらし、完全な無意識下状態とするものである。したがって全身麻酔時には人工呼吸管理が必要となり、事前の呼吸器・心電図検査や、麻酔覚醒後の管理のため一泊入院が必要となる場合が多い。


だがほとんどの美容外科治療は外来クリニックで行う日帰り手術なので、いわゆる全身麻酔を用いることは希である。そこで外来手術で用いられるのが局所麻酔である。局所麻酔は治療患部に麻酔剤を直接注射し、同部位の末梢神経を一時的に麻痺させるものである。


麻酔効果は数分以内に発揮され、麻酔効果の持続する数時間は完全無痛で治療可能のとなる。だが知覚神経が繊細な顔面への局所麻酔注射を行う際、針刺入痛自体が苦痛となりかねず、この局所麻酔剤・針刺入痛への配慮も必要となる。局所麻酔剤・針刺入痛は30G以下の極細針を用いることで大幅に緩和される。また皮膚表面麻酔剤を局所麻酔剤注入の前に塗布したり、患部冷却を行いながら注射を行うと、針刺入痛はさらに緩和される。

すでに社会的に認知されたヒアルロン酸・ボトックス注入などの一般的治療では、さほど不安を抱くことはないため、上記の如く痛みに対する配慮を行うと、治療は支障なく行えるだろう。だが本格的な手術治療の場合、痛みはさることながら治療結果の予想がつきづらいこと、さらに馴染みのない経験であるため、治療自体に強い不安を感じる場合がほとんどである。


我々は不安を伴うと、神経が過敏となり平常時より痛みを強く感じるようになる。したがって手術治療を行う際は、患部への局所麻酔剤注入前に静脈麻酔と呼ばれる静脈からの鎮静剤注入を行い、患者様の沈静化を図ることが肝心である。このように局所麻酔+鎮静剤の静脈投与の併用をバランス麻酔と呼ぶ。バランス麻酔法は美容外科医療で日常的に行う日帰り外来手術の際、全身麻酔なしでも全身麻酔下と同様の治療が成せる、非常に有用な麻酔法である。

フェイスリフト概要は、ホームページのフェイスケア欄、フェイスリフトを参照してください。
下記載はその中のミニフェイスリフト手術の具体例です。

1.青いマーカで示されたヘアーライン内から耳前縁へ延びる"くの字"がこのフェイスリフトの皮膚切開ラインである。頬部へかけた円状のデザインは皮膚剥離範囲、その中にある斜め直線上の矢印は皮膚挙上方向を示している。皮膚切開線上には1.0%キシロカイン局所麻酔剤を注入する。

2.皮膚剥離部には0.2~0.25%キシロカイン局所麻酔剤を均一に注入することで皮下脂肪組織を膨らませる。この局所麻酔注入法はチュメセンス法と呼ばれ、剥離面の同定及び剥離を容易にする。

3.耳前縁上部に11番メスで小さな進入口を作る。進入口から皮下脂肪層へ直径2mmの脂肪吸引用カニューレを挿入し、青マーカーで示された範囲で皮下脂肪層剥離及び脂肪吸引を行う。

4.皮下脂肪層での剥離・脂肪吸引は上方向から尾側へと扇状に行うが、その際カニューレは常に皮下脂肪層に平行に挿入することを念頭に置き、決して深部筋層に到達しないよう十分に注意して行う。

5.皮下脂肪層での剥離・脂肪吸引終了後に、カニューラ進入口部位から皮膚切開を行う。同部位には浅側頭静脈が縦走するので、切開創は最初出来るだけ浅く行い、確実な止血操作を行いながら、少しずつ切開創を広げる。

6.まずピンセットで皮膚切開創近位端を把持しながら、鈍先端の剥離鋏にて皮下脂肪層剥離を行う。剥離層がSMAS上層であることを確認し、二爪鉤で皮膚を把持しながら剥離範囲を広げる。

7.長径鋏を皮膚上に置き、先端到達点位置を確認する。次にこの鋏を皮下層に挿入し、先ほど皮膚上の確認位置まで剥離が到達したことを確認する。

8.筋鉤で剥離された皮下層内引き上げ、肉眼で出血点の有無を確認する。出血点があれば、バイポーラー鉗子で確実に止血する。また皮下層内確認の際、残存した靱帯組織も肉眼下で丁寧に剥離する。

9.3-0PDS糸をSMAS前上方にかけ、皮膚にデザインされた斜め上方向に牽引・縫縮する。同様操作をSMAS後下方にも随時行う。この縫縮操作はSMASの緩みが完全に消失するまで下方から上方に向けて段階的に行う。

10.Kocher鉗子で皮膚上にデザインされた斜め上方向に皮膚を牽引する。その際ピンセットを用いて皮膚を切開線上で折り返し、余剰皮膚切除幅を決定する。


11.余剰皮膚切除幅が決定したらマーカーで切除幅をデザインし、鋏でその幅の皮膚切開を行う。

12.この余剰皮膚に加えた縦方向切開線と先の皮膚切開線の交差部位に3-0黒ナイロン糸でステイスーチャーを加える。この操作により、皮膚挙上を得るための余剰皮膚切除幅が正確に決定される。

13.マーカで余剰皮膚切開線のデザインを引き、そのライン上で皮膚切除を行う。

14.ステイスーチャーを挟んで左右で同様の操作を行うが、余剰皮膚切除面の止血操作も確実に行う。

15.皮膚縫合は5-0PDS糸での皮下縫合と6-0黒ナイロン糸による皮膚縫合の2層縫合を行う。本操作の如く、皮下層内で確実な止血操作を行えばドレーン設置は必ずしも必要ではない。但し患者にはガーメントによる圧迫固定を24時間行うよう義務づけた上で、翌日必ず来院させ血腫の有無を確認するのを怠ってはならない。

"目は口ほどに物を言う"ということわざがあるように、人は相手の目を見ながらコミュニケーションを行う。実際に視覚追跡調査を行うと我々は他人とコミュニケーションを図る際、その大半は眼周囲を見ながらコミュニケーションを図る。そして相手の目元をよく観察すると、その人がそのときどのような感情であるかもわかるだろう。このように目は視覚という重要な情報獲得器官であるとともに、情報発信器官としても大切な役割を担っている。


解剖学的に見ると、眼窩は眼球とそれを包み込む眼窩周囲組織が存在する。眼球組織は視覚を司る機能組織なので美容外科的に介入する余地はない。したがって眼周囲を扱う美容外科は、もっぱら眼窩周囲組織に対して行うことになる。眼窩周囲組織は上下眼瞼、そして目頭と目尻の4部位が存在する。これら4部位の解剖学的特性を十分に理解した上で、症例に応じて1部位に治療を行ったり、もしくはいくつかの部位を複合的に治療する。


これまで眼窩周囲美容外科は、外見上に出現した症状に対して直接的に解決することを最優先とした対症療法的なアプローチが一般的であった。たとえば上眼瞼に眼瞼下垂症状が出現したとすれば、上眼瞼のみの治療で解決を図ってきた。次に目頭距離が離れていてその距離を近づけようと目頭切開をする際、Z形成術のように理論的にもっとも効率良く開眼する方法を最優先とし、傷跡の大きさは二の次にしていた。また目元の左右の開眼のために目尻切開を検討する際、その効果は限定的であるとし、積極的に行われたこなかった。


しかし近年の美容外科医療の発達やその社会的認知の上昇とともに、求められる結果はよりハイ・グレードなものとなった。すなわち、上述した治療例の眼瞼下垂症状の治療結果は、いわゆる"驚いたような不自然な目つき"ではなく、より自然な開眼効果が得られる結果が求められるようになった。また目頭切開の治療結果は、目頭の十分な開大効果とともに、可能な限り目立たない傷跡が必須条件となった。さらに目尻切開では単に目の横幅延長のみならず、やや目尻の下がた"垂れ目"形成が求められるようになった。


このように新時代にマッチした、質の高い結果を確実に得るための新たな眼窩周囲美容外科のコンセプトを"アイ・デザイン"と呼んでいる。ここで"アイ・デザイン"の概念を具体的に述べると以下の如くとなる。


1.手術を行うにあたって解剖学的に最も整合性のとれたアプローチを用いる。このアプローチを用いることで、ダウンタイムが少なく自然な治療結果が得られるように配慮する。


2.眼窩周囲は上下・左右の連続組織であることに考慮し、出現した症状を直接的に解決するのではなく、その症状の原因を総合的に探索した上で根幹的に解決する。


3.良好な治療結果要因として、症状改善のみならず、可能な限り目立たない傷跡を最優先事項の1つとする。


4.治療は解決を図った結果のみならず、目元全体の美しさや若返りが得られるよう、アーティスティックな要素を加味して総合的に行う。


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1.仰臥位で眉毛を軽く上に持ち上げながら、座位で行ったデザインを再確認します。眉毛に平行に引いた線は切開線です。また眉毛に垂直に引いた線は、埋没糸を用いた二重形成法のデザインです。

2.作成予定の二重幅やそのバランス考慮しながら、実際に定規でその幅を計測し、左右差がないことなどを再確認します。

3.最終決定したデザイン上にマーカーでラインを書き加えると同時に切開のイメージを作ります。

4.上眼瞼外側部から局所麻酔注入を開始します(片側3~6ml)。同部位には毛細血管が多いので、注意しながら出来るだけ内出血させないよう、細心の注意を払いながら注入します。

5.15番メスにてデザインしたマーカー上で内側から外側に向けて、メス刃を垂直に保ちながら一気に加刀します。

6.切開線上の毛細血管をバイポーラー鉗子で迅速に止血します。

7.上眼瞼進入部位を頭尾側に展開するため、切開線の左右バランスの取れた位置に7-0ナイロン糸をかけます。

8.上眼瞼展開糸をペアン鉗子で挟み固定し、広く安定した術野を確保した上で、高周波端子で眼輪筋を切開します。

9.眼窩隔膜(Septum)に到達したら、その外表の一部をペアン鉗子で挟み、切離します。

10.切離された 眼窩隔膜(Septum)の毛細血管をバイポーラー鉗子で止血し、無血の視野を維持します。

11.上眼瞼切開上部をデマル鉤で把持しながら、切離された隔膜を剪刀で左右に開きます。

12. 眼窩隔膜(Septum)内の上眼窩脂肪が同切離部から自然に逸脱します。

13.左右に2層構造となった上眼窩脂肪を鑷子で頭側に引き上げてその全体量を確認します。

14.上眼窩脂肪が 眼窩隔膜(Septum) 開口部から自然に逸脱する部位を適切に切除します。

15.上眼瞼の頭尾側・左右方向をデマル鉤で展開し、余剰上眼窩脂肪の取り残しや出血がないことを確認します。

16.二重埋没法へ向けて表面麻酔点眼液を差します。

17.上眼瞼をピンセットで反転し、粘膜面に局所麻酔剤(1ml)を注入します。

18.上眼瞼瞼板境界部に7-0ナイロン糸をかけます。

19.この糸を裏面から外表まで通します。

20.この操作を再度繰り返します。

21.この操作により、埋没糸を結膜側瞼板粘膜境界部に把持させます。

22.ブジーを介して糸を結紮します。ブジーは埋没縫合糸があまりきつく結紮されないよう、"遊び"を残すために用います。埋没糸をきつく結紮すると、治療後の腫れが長期化したり、二重が深く形成されることを予防するためです。

23.同様の操作を上眼瞼内・中央・外側の3箇所に行います。

24.埋没糸を結び目のみを残して切除します。

25.両端にキースーチャーをかけペアン鉗子で左右側に緊張をかけます。この操作により、皮膚縫合面がより正確となります。

26.切開線を7-0黒ナイロン糸で端端縫合します。

27.皮膚縫合後キースーチャーをはずし、治療を終了します。

目の上のたるみ治療について